泡沫のユメ

どこからでも読める金太郎飴みたいな短編小説書いていきます

女も度胸

女は愛嬌、って誰が言い出したんだろう。

そんなものあたしには無縁の言葉だ。何で面白くもないのに笑って媚を売ってご機嫌取りをしなければならないんだろう?無駄に神経を削って疲れるだけだ。それがイヤだからあたしは素直に生きる。仮にそれで距離を置かれたとしても、そこまでの人だったというまで。

そんなことを、目の前で楽しそうに話しながら登校している生徒たちを見て考えていた。

 

「石井おっはよー!」

 

ポンと肩を叩かれる。聞きなれたこの声は振り返らなくてもわかる、友達の浦田だ。クールとよく言われるあたしに付き合ってくれる数少ない一人。あたしと違って喜怒哀楽くるくると表情が変わる子だ。正直羨ましいと思う気持ちはあるものの、真似できない。

 

「おはよう浦田。今日もうるさいね」

「朝からひどいなーもっとテンション上げてこ!」

 

学校へ向かう前からそんなにテンション高い人いないでしょ、と心の中で突っ込んだ。

 

1限目はホームルームで、体育祭に誰がどの種目に出場するのかを決める時間だった。先生が黒板に障害物競走、借り物競争、50メートルリレー、四人五脚、綱引きなどの種目を書いておき、この種目に参加したい人、と順番に聞いていくので、皆が次々挙手して決まっていった。そうしてどれもやりたくない人、やりたい種目があったもののじゃんけん負けした人、特に何も考えていなかった人などが残った。その数約5人、あたしもその中に入る。浦田も。

 

「俺なんでもいーわ」

 

気だるげに話しているのは、顔が怖い男子として第一印象最悪の三ツ原だ。もちろん顔が怖いだけであって話す分には特に問題はないのだが、一部の人からは恐れられているらしい。

 

「私も何でもいいよー」

「足遅いからリレー以外ならいいかな」

「僕も余った種目でいいけど、決まらないね。どうしようか」

 

三ツ原に続いて皆何でもいいと言い出す。あたしだって何でもいい、でもこれだとキリがない。今の段階で残っている種目はリレー3枠、四人五脚2枠となっている。

 

「三ツ原は運動部で足も速かったよね、だからリレーのアンカーでいい?浦田と鬼柳は走るの苦手だし四人五脚のメンバーとも仲が良いからそっちで。残りがリレーでどう?」

「おー!石井の適当にみえて的確な推理いいねぇ!」

「浦田、推理というか意見ね」

「全然いいよ!ありがとう決めてくれて」

 

どの種目にしようとうだうだ悩むのがめんどくさかったので、勝ちにいく方向で誰がどれに適しているか考えてみたことを口にしてみたら、案外受け入れてもらえたようだ。じゃあこのまま異論がなければ先生に伝えようと思った矢先。

 

「リレーはいいけどよ、アンカーは石井がやるんだよな?」

「は?なんで」

「だって俺アンカーばっかしてきてっからたまには他のがやりてーわけ」

 「先言ってくれる」

「つーかお前も足速いんだから変われよ」 

「無理。先生ー決まりましたー」

「おい!」

 

あたしと三ツ原との会話に、浦田を筆頭にクラス全体から笑いが起こる。 別にウケを狙ったわけではないんだけど、浦田が笑うと周りも笑う。本当に羨ましいな、この子のこういう性格は。

 

「ぷっ!石井と三ツ原くんコントみたいだね。ずっと見てたいぐらい」

「浦田は黙っとけ」

「ヒィッごめんなさいごめんなさい」

 

でもあたしはあたしにあるものを持っていると思うから、自分に満足してる。飄々として悩みがなさそうだって言われるけど、そう言われることにハァ?ふざけんなと思う。実際は人並みにたくさん悩んでいるし、怒るし、涙を流すし、笑いもする。素直に生きてることを楽に感じても、それはそれで大変なことがある。でも今がこんなに楽しいのだから、後悔なんてするわけがなかった。

 

そうしてあたしは、リレーのアンカーを書く欄にサラッと三ツ原の名前を書いた。後ろから聞こえる怒声は一切無視して。

 

友達と天然は青春の華 第25回短編小説の集い「病」

 

「私、今度入院すると思うんだ」

 

開口一番に友達がとんだ爆弾発言をしたので、咲は一瞬脳の処理が追いつかず固まった。思わず出た言葉は「は?」だった。

時計は8時15分を指しており、教室には半分近くの生徒が既に集まっていた。友達の七海を見つけたので声をかけたらこれだ。咲の記憶によると七海は、入院するほどの重い病気にかかるどころか、むしろ小学校6年間及び中学校3年間風邪をひいたことがないと自慢していた。

 

「えっ急にどうしたの?何の冗談よ?」

「冗談じゃないんだよ。入院するって決まってはいないけど、病気は病気なの」

「え…ほん、とに?元気そうに見えるけど…」

「ほんとのほんとだよ。もしかしたら…咲ちゃんと一緒に卒業できないかもしれないくらいのね」

 

そう言って七海の目元が潤む。人を笑わせてばかりの七海の普段とは違う空気に、さっきまで笑っていた咲の顔が引きつっていく。

 

「何の病気?いつから?」

 

咲が質問を投げかけると、七海ははあ、とため息をついた。視線は斜め下を向いていてうかない表情のように見える。

 

「心臓の病気…かもしれない」

「心臓!?」

 

そう驚く咲の声はクラスメイトたちの話し声にかき消された。心臓の病気というと、全身に血液を送る機能が低下することから、命に危険が及ぶ可能性が高い。重い病気をすぐにイメージされるだろう、それを10代半ばの少女がなるとは誰も想像するまい。

 

「いつからかはっきりとはわからないんだけど、不整脈というか…心臓が一瞬変な感じになるんだ。後は身体が火照ったり、あんまり寝れなかったり、集中力が落ちたりするの。毎日症状が出るわけじゃないからまだいいんだけど」

 

淡々と話す友達をよそに、咲の表情はみるみる曇っていく。幸いその病気の症状は軽いようだが、いつ悪化するものかわからない。そもそも病気について詳しくない咲にとって、その症状は何が原因で何を意味するのか全くわからなかった。深刻な話題はとても繊細で、その症状は入院するほどのものなのか、なんて聞けるはずもない。傷つけないように精一杯言葉を選んで咲の口が開く。

 

「そう…なんだ。大変だと思うけど無理はしちゃダメだからね。私に手伝えることがあるかはわからないけど、あったら遠慮なく言ってよ」

「ありがとう。じゃあ、一つだけ。早速頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、全然いいよ。なに?なんでも言って」 

 

一瞬不敵な笑みを浮かべ、なぜか握りこぶしを作る七海。

 

「うちの委員長をしばこうと思います」

「…ん?」

 

再度咲の思考回路がフリーズした。病気で入院する人からの頼み事というと、普通はお見舞いに来てほしいとか退院してからも仲良くしてね、といったことを頼むのではないだろうか。咲もそれを想像していたが、唐突に委員長が話題に上ったことに戸惑いを隠せない。

 

「ごめん七海、急すぎてちょっとついていけないわ。説明してくれる?」 

「あ、ごめんごめん。さっき心臓病で色々症状が出るって言ったよね?身体が火照るとか心臓がドキドキするとか。それが実は委員長が近くにいるときにしか出ないって最近気付いたんだ」

「……んん?」

 

話を聞きながら、咲の眉間の皺が深くなる。特定の人物の前でしか症状が出ない病気なんてこの世に存在しない。

 

「だからこの病気は委員長から移ったのよ!だって委員長がいないとき私飛んだり跳ねたりガンガンできるくらい元気だもん。まあ、家にいるときに委員長のこと憎いと思って寝れなくなったり色々集中できなくなったりするんだけど。だからあんたのせいで!という憎しみを込めて一発しばこうと思うわけですよ咲ちゃん」

「七海、それは…」

 

その話で咲の身体の強張りが取れた。と同時に七海の口数が一気に増える。今この教室にまだ委員長は来ていない。8時30分になり予鈴のベルが校内に響き渡るが、遅刻魔の彼は本鈴が鳴るか鳴らないかの時間帯にしか来ないのだ。

 

「心配した私がバカだったわ…」 

「許せないでしょ?よりによって9年間風邪ひいたことない私にそんな病気を移すなんて。だから委員長しばき隊を今ここに作ろうと思うの。もちろん隊長は私ね。あ!咲ちゃんに移ったら大変だね。ていうかどうやって移るのかな。咳?咳かな。とりあえず休み時間にマスク買ってくるよ。結構しんどいからねこれ」

「天然だもんね七海は」

「?なに急に?」 

「なんでもない。あー朝から疲れた~」

「というわけで、咲隊員、一緒に委員長しばきに行こう!」 

 

七海が咲の手をがっしりと掴んでそう話すと、咲は満面の笑みで親指を立てながら答えた。

 

「帰れ」

 

 

 

 

 

 

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短編小説の集い、というのべらっくすさんの企画に初参加しました!

novelcluster.hatenablog.jp

 

病といったら恋の病だね!キュン話を!癒しを!と思ったんですけど、どうしてこうなった。

どうやら私はコメディ入れないといけない病になってしまってるらしいです。ちくしょう、これが関西人の性か。

しかも書きたいものをザザーッと書いてしまうあまり主語とか補足説明が抜けやすいらしいです。これで伝わるかな…とドキドキしながらアップしました。見直しもするんですけど、脳で補完されながら読むからどうなんですかね。

はぁ~この2人みたいな友達をずっと眺めてたいっすわ~

 

それと、こちらの企画は 月1で出されるお題に沿って短編小説を書くというものなんですが、参加人数が減ってきていて、もしかしたら廃止するかもらしいのです…そんなことってあるか…

なので、是非是非たくさんの方に参加してもらって色々刺激もらって短編小説書きさんのネットワーク広げていきたいので(完全に欲望の塊)皆さんも執筆お願いしまっす!

 

P.S.(11/27)

リンク貼り間違えに気付きました…これが文章よく読まない早とちりさんの末路です…オーマイガー

近況報告

短編小説ブログと称してレビューばっか書いてるのえるです、こんばんは!お元気ですか!私は死にかけです!
社会人なのにレポート書いて指導受けて訂正して指導訂正の生活を2週間くらい?続けてて、日々の癒しと神経と睡眠を削ってしまってるので心身ボロカスカス汁ですわ。…ごめんなさい。ぶたないでください。

というわけで更新がずいぶんご無沙汰でしたが、恐らく冬の間はこういった状況が続くと思います。誰も見てないと思うけどご了承ください。でも今日は珍しく余裕があったので小説をぽつぽつ書いたらまさかの3話もできちゃいました。WHY!なぜだ!この2週間小説のこと考えもしなかったんですが、押さえつけた欲求を発散させるとこうなるんですかね。欲求不満の力ってすげー。
一気に投稿したらすぐネタ切れになると思って1週間に1話くらいのペースで予約投稿キメたので、しばらくは安泰ですね。また何か新しいネタと登場人物考えよう。

ちなみに短編小説ですが、1回出たキャラは別の短編にちょこっと、あるいはメインで再び出演する方針で行こうと思います。ってこれ言っちゃうと面白みなくなる?まあいいか。例えば前回はAとBが出演、今回はBとC、次回はAとCみたいな感じです。短編小説の長編小説…というイメージ。どこから読んでもいいように、をモットーにしていきたいのでもちろんそうしますが、読み進めるにつれ「あっこのキャラこんな一面もあったのか!」「前サブだったこの子が今回は主役だ!」という楽しみができるのではないかと思っています。私自身こういう小説が読みたいのでやってみました。とか言って実際こういう小説あるのかな~!誰かやってるかな!やってたら読んでみてーです!
また、登場人物や小説の話が増えると誰が誰だか自分でも混乱しそうだし、誰がどの話に出てたっけ?ってなりそうなので、そうなるころにはまとめを作ろうと思ってます。というかもう自分用にメモって作ってあるんですけど!

はぁーもう今書くのが楽しすぎて仕方ないです。イェ~イ!!!サンシャイン池崎さんが今キテるのでこればっかり言いますのでガチうざいので黙ります。
YEAHめっちゃ眠たい!

カインとアベル、レビュー

○あらすじ

とある会社員の一員、優(山田涼介)は社長の息子。副社長は何でもこなし、父親から寵愛された兄。家族との三角関係、恋愛の三角関係に悩む優のとる行動は…。

 

○注意事項

・個人の感想です

・6話までのネタバレを含みます

 

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逃げるは恥だが役に立つ、レビュー

○あらすじ

みくりちゃん(新垣結衣)が津崎さん(星野源)の家に住み、家事をして給料をもらう契約結婚をするというもの。恋愛感情のあるようでないような天然な2人のラブコメです。ムズキュン。

 

○注意事項

・あくまでも個人の感想です

・4話までのネタバレを含みます

  

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ごあいさつ

はじめまして、のえると申します。

当ブログを見てくださりありがとうございます~!

 

こちらは短編小説(ラブコメやほのぼの系多め)、レビュー(ドラマとか映画とか)中心に時々詩とか日常を思いつくままに書いていこうと考えているブログです。文章書くの楽しいなヒャッホーウ!っていうノリでいきます。

ウソです。

短編小説ですが、ほとんどの登場人物が何度も出てきます。なので当たり前のように「田中は~」とか「鈴木が~」と名前が出ますが、当ブログはどこからでも読めるがモットーのため、軽く補足もしています。なので特に気にせず読みすすめて頂けたら良いかと思います。また、タイトルに「~2」のように文末に数字があるものは続編のため、前作をあらかじめ読んで頂く必要があるのでご注意ください。

 

ついでに、ブログ開設に至った経緯など。

 元々話を考えるのが好きで、ネタになる言葉をメモることが多かったので、中学高校のときからそれを元にした漫画やら小説やらをノートに書いていました。ノートに手書きなので書くのしんどー訂正もめんどくさーっていう気持ちからブログ小説を始めたんですが、大学に入るころにアッコレ黒歴史じゃねーか!と思って消してしまったわけです。

で、社会人になって私趣味ないなーと暇を持て余していたとき、たまたま見つけたブログの文章力?プレゼン力?に圧巻されて文字書きに再び惹かれはじめる。そして

→そういえばネット小説よく見てたなーと久々に昔好きだったネット小説を見て、これが本として自分の手元にあればなーそんでこの萌えを供給できる側になれればなーと思う

→色々調べた結果、本を出版ではなく作るのなら自分でもできることを知る

→本作りたい意欲、高まる 

→ブログ小説また始めよう!そんであわよくば本を作る!

というわけでした。自分の本ができるってやっぱ夢がありますね~!今時本を作る会社なんて結構あるもんなんですね。知らなかった。しかも1000円ちょいで1冊なんて最高かよ。財布に優しすぎて学生さんですらできそう。もちろん無名なので売るなんて無謀だと重々承知なので、自分の本を1冊だけ作って手元に持っとくだけにしようかと。それで充分なんですけどね。まぁ何年かかることやらって感じですが気にしない。

 

小説は太宰治さん、夏目漱石さんの作品と図書館戦争を少しかじったレベル。コメディとラブコメ大好きです。特に片思いか恋してるのに自覚してないみたいなやきもきするものが好み。アクションとかファンタジー、ミステリーも好きなんですけど、書く方としては語彙力が絶望的にないため執筆は断念。そういえば夢小説も見たことあったなぁ

 

あと学生時代はひたすら書いて、ネットに上げて皆見て!っていう一方的な感じでしたが、今は色んな方の小説を見て刺激を受けたり癒しや活力を貰いたい所存!というわけで交流もしていけたら、いいなと思います…!コミュ障だけど!よろしくお願いしまっす!

 

花うらら

禁断の恋。

それは甘くてちょっとスパイシーな響き、だけどその一言で片付けられないほどの思いが詰まっている。まさか自分が経験するとは思いもしなかった。

 

その人の朝は早かった。学校の校門が開く午前7時、勤勉な性格なのかそんな時間から既に職員室にいるらしかった。そうなると必然と私の朝も早くなる。あんなに早起きが辛かったというのに睡魔はどこへやら、タイマーのアラームが鳴る前に起きることすら度々あるほどだ。7時半を少しまわったころ、私が教室に着くとドアが…開かない。どうやら一番乗りのようだ。いつも私が教室に着くのは2番目か3番目なのだが、最近なぜだか閉まっていることが多い。職員室へ鍵を取りに行くのにも慣れてきたので、失礼しますと声をかけて当たり前のように職員室へ足を踏み込んだ。

 

「おっと、今はテスト1週間前なので生徒は立ち入り禁止ですよ」

 

 近くの机に座っていた、顔だけは見たことのある40代くらいの男性の先生から静止の声が入る。テスト1週間前から終了までの間は問題文や回答を盗み見られることのないよう、生徒は職員室に入ってはいけない決まりだった。浦田は小さい声で、あ、と呟いて足を止めた。

 

「すみません、1週間前って忘れてました…」

「コラ。テスト期間を覚えてないなんて余裕ですね?…まあそれはさておき、誰かに用事ですか?それとも鍵?」

「あ、3年3組の鍵をもらいにきたんです」

 

3年3組ですね、そう言って先生は教室の鍵を取ってきて、テスト頑張るんですよと言いながら渡してくれた。それをありがとうございますと伝え退室する、ただそれだけの出会いだった。この3年間その先生の授業を受けたことはなく、全く関わりがなかっただけに、この出会いを特になんとも思わなかった。ただ冗談を言うようなフランクな人だな、と思う程度。退室のときに立花先生、と呼ばれてさっきの先生が返事をするのが背中越しに聞こえた。

それからというもの、 朝早くから職員室入り口付近に座っている先生と、一番乗りで教室の鍵を取りに来るようになった生徒というのは、もちろん毎日ではないが自然と話をする機会が増えるようになった。テストの点どうだったとか、先生の机にある写真の子可愛いですねとかほんのささいなことを数分話すくらいだが、友達数人の狭いネットワーク内で過ごしている浦田にとっては中々嬉しいものである。話をしているうちに、立花先生がとても温和な雰囲気で、誰にでも平等に接する、生徒からも信頼の厚い人であることがわかり、少しだけ惹かれていた。それでも、浦田にとっては先生のうちの一人としか思っていなかった。いつからだったろう、会えば話すという知り合いレベルの先生が、気になる存在に格上げされたのは。

 

「立花先生、奥さんにお土産?」

 「仲良しなんですね!いいなー!」

 

2泊3日の修学旅行での最後の自由時間で、お土産屋さんに寄って家族に何か買って帰ろうと思ったら女子のきゃぴきゃぴした声が聞こえてきた。立花先生は誰にでも優しく接することから特に生徒に人気で、どこへ行くにも誰かしらついてまわっている。

なんだろう、この胸のざわめきは。持っていた箱詰めのクッキーのパッケージ裏に書いてある文字をずっと見ているのに、全く頭に入ってこなかった。今頭で処理している情報はクッキーとは別のところにある。

 

「先生、こっちのチョコレート人気ナンバーワンらしいですよ!試食したらめちゃくちゃ美味しかったし」

「ちょっと何であんたが先生のお土産選んでんのー」

「あはは、本当に食いしん坊よね。ねえねえ、先生のオススメはなんですかぁ?」

 

私の方が先生と仲良いのに。

 

そう脳裏に一瞬よぎった。

ん?

いやいや待て待て、今何を考えた?何それ嫉妬?おかしいでしょ。先生は私のものでもとりまく女子たちのものでもないというのに、ましてや結婚して子どもまでいるというのに、何を彼女みたいなことを思ったんだ。これじゃあ先生のことが好きみたいじゃんか。そんなことあるわけがない、そりゃ優しくて話してると楽しくて顔もそんな悪くないけど、年の差ありすぎだし、結婚してるし、こっちは未成年かつ教え子なんだし問題がありすぎる。たぶん、あれだ。勘違い。朝イチで教室の鍵を取りに行ったときに一つ二つ話をしているのが、私だけにしてくれている、私だからしてくれているんだって勘違いしてしまっただけなんじゃないの。だからこれが恋慕なわけがない、ただの思い上がりだ。いや、そもそも異性とほぼ関わったことがない私が恋なんて、恋(笑)なんだけど。

 

「浦田さんたち、早くしないと帰りのバス乗り遅れますよー」

 

少しも慌てている様子を感じさせずに立花先生は笑う。そういえば修学旅行に来ているんだった。その修学旅行ももう学校へ帰る時間となった。楽しい3日間は終わり、私たちは受験あるいは就職活動に向けて本格的に動き始めなければならない。つまり、通常の授業に加え受験用の授業漬けになるということ。立花先生の授業を受けることすらできない私は、きっとこのまま卒業まで先生とろくに話せないまま終わるんだろう。1年もしないうちに先生とさよならだと思った途端、寂しいな、と思った。仮に卒後私が地方へ行くことになったとしても、相手に家庭があるとしても、ただの元教え子Dとしてでいいから、また会いたいと思った。またこの笑顔を見たい。何でもない世間話をしていたい。恋人以上にならなくていいから、せめてこの繋がりを絶ちたくない。

 

「浦田、バス出るって。あれ、さっきもそのクッキー見てなかった?買うの?…浦田?」

 

クッキー箱を持ってじっとしている私を訝しんで、友達の石井が横からのぞきこんできた。石井とだって3月にはサヨナラするんだ。今のように毎日会えるわけではないものの、会う回数が減るだけで一生の別れじゃない。でも先生は。私が卒後会いに来たとしても、大勢のOGの一人でしかない。いずれは忘れ去られる存在だ。それは痛いほどわかっている、わかっている、のに。いやいつまでこうしてじっと考え込んでいるんだ。いい加減諦めるしかないと認めようか。

いつの間にか始まっていた恋が告白する隙もなく終わっていたと。

石井に向き直って私は微笑んだ。

 

「石井、私失恋しちゃった」