泡沫のユメ

どこからでも読める金太郎飴みたいな短編小説書いていきます

鬼の荒療治

「ああ?何だって?聞こえねーよそんな小さい声じゃあ」

 

怒鳴るかのような声が辺りに響きわたった。地声が元々低くて大きい彼が声を張ると、空気は一瞬にして張り詰める。周囲の人が一斉にこちらを見いやるが、大事ではないとわかったのか再び各々話しはじめる。私はびくびくして泣きそうになりながら返事を返した。

 

「ご、ごめん、三ツ原くん」 

「ったくよー急に呼び出されて来てみりゃあ、お前は昔っから変わんねぇな。鬼柳って名前に負けてんだよ。もっとどっしり構えとけ。で、さっき何て言ったんだ」

 

そう言って三ツ原くんは腕を組んで壁にもたれかかった。昼休み、友達と遊んでいる三ツ原くんを呼び止めたとき、それこそ鬼のような形相だったから背筋が凍ったものだけど、なんだかんだ話は聞いてくれるらしい。ありがとう。でもその怖い顔はやめて。

  

「ずっと前から悩んでることがあって、相談にのってほしいの」

「それはさっき聞いた。その後」 

「…えーと、三ツ原くんが知ってるように私って声が小さいでしょ?ほんとは私も嫌なんだよ。授業中先生にあてられても、目の前で落し物をした人に声をかけても、友達を見かけて呼ぶときも聞き取ってもらえなくって。三ツ原くん声大きいし幼馴染でお互いのことよく知ってるから、解決策考えてくれないかなって」

 

言い終えて恐る恐る彼を見ると、ふーんと言って斜め上を見ていた。眉間の皺は相変わらず深い。

 

「ど、どうかなー」

「知らん。俺に聞くな」

「え!」

 

即答ですか!

せめて少しは悩んでほしいところだよ。他人にとっては大したことない、頑張って声出せで終わる悩みかもしれないけど、本当に苦痛だから自分を変えたい。餅は餅屋、声を大きくしたいなら声が大きい人に聞けば、なにかヒントが得られるんじゃないかと思ったんだけど。

あんまり引き下がって三ツ原くんの機嫌を損ねるわけにはいかない。今でも充分不機嫌かもしれないけど。というか貧乏ゆすりしてるから確実に不機嫌だ。これ以上怖くなってはたまらない。せっかくだけど大人しく諦めて別の方法を考えるとしよう。

  

「わかった。じゃあ別の人に聞いてみるね」

「…おい待て。それで終わりか?」

「?うん、だってあんまり乗り気じゃなさそうだったから」

「他に何か言うことあるだろ」

「(え?え?)聞いてくれてありがとう…?」

 

さっきまで冷たかった三ツ原くんが急にこっちを向いて突っ込んできた。そういえばお礼を言ってなかったと思ったのでありがとうと言ったのに、呆れたような表情をされた。なんで。

 

「ごめん、やっぱりわかんない」

「あ?マジで言ってんのか」

「(怖!)う、うん…他に言うことってなにがある…?」

 

何度頭をひねっても思い浮かばない。相談があるって言って声が小さいことを話したら知らんって言われて、じゃあ他の人に聞く、ありがとう。この流れに何か変なところあった?言い足りないことがあった?

わからないので聞いてみたのに、三ツ原くんはなぜか視線を泳がせた。

 

「あー…その、なんだ。あれだあれ。カラオケ行くって約束してただろ」

 

……んっ!!? 

 

「え、なん、カラオケ?約束した?いつ?」

「小さいときだよ。忘れたのかよ」

「いやいやいや忘れたもなにも絶対してないよ!するはずないよ!私声量ないからカラオケ嫌いだもん!しかも小さいときの約束を今!?」

「嫌いだから克服したいって言ってた」

「絶対ウソ!」

「ウソじゃねーし。行くぞ、放課後」 

「イヤだ、行きたくない。急になんなの?なんでそんなにカラオケ行きたいの?」

「ばっ…別に俺は行きたくねーよ!俺はただお前の、」

 

ために。

と、唇が動いた気がしたのは気のせいだろうか。きっと気のせいだ。彼はぼそぼそ話す私のことなんてうとましく思ってるんだろうから。優しさで今こうして付き合ってくれてるだけだから。ただの昔からの幼馴染、として。

 

「おら。行くぞ。声量ないからカラオケ行かないとか言って逃げてっといつになっても蚊みてぇな声のまんまなんだよ。さっき充分でけぇ声出せてただろ。本気出せばできるんだよ。6時に駅前な、絶対来いよ」 

「ちょっ…待っ…!」

 

そう言って三ツ原くんは鼻歌混じりに立ち去った。

地獄だ。