泡沫のユメ

どこからでも読める金太郎飴みたいな短編小説書いていきます

先生は神様です

ぼんやりとした意識の中で、誰かが私を呼ぶような声が聞こえた気がした。「…さん、浦田さん!」いったい誰の声だろう。そうやって耳をすませるうちに、全身の感覚がゆっくりと戻ってきた。どうやら私は横になっているらしい。うっすらと目を開けると、見知らぬ人たちが私を囲んでいた。

 

「あ、起きた!浦田さん、わかりますか?」

「手術無事に終わりましたよ」 

「お疲れ様でした」

 

…手術?

その一言でぱっちり目が覚めた。手術って、なんの?誰、が?私?なんの病気で?というか、ここはどこ?

いまいち状況がわからないまま辺りを見回すと、見たことのないような機械や薬品がずらりと並んでいた。手術って目の前にいる人は言ったけど、私は病気になった覚えはないぞ。それも手術をするような病気だなんて。花粉症しかなったことがない私が手術をするなんてありえない。ただ、そう思いを巡らせつつ体を起こそうと動いた瞬間、ちくりとお腹が痛くなった。服を少しだけめくってお腹を見てみると、そこには縦に数センチの傷があり、それを縫い合わせるかのようにホッチキスの芯のようなものがいくつも刺さっていた。幸い血は出ていない。

まっまじで手術してた!

いったい何の病気でどんな手術でどんなことになって、どれくらいかかったのかなど諸々を片っ端から聞こうとしたところ、手術室と思しき部屋の外へとほっぽり出された。

 

「じゃ、お部屋まで歩いて帰ってくださいねー」

「え」

 

看護師らしき人が笑顔でそう言って手を振ると、その人と私の間を阻むようにゆっくりとドアが閉まった。私は急な展開についていけず、ただそれを呆然と見ていることしかできなかった。「え、ちょっと、」と呟く声は誰一人にも届かずに終わる。おいおいまじですか。手術直後だよ私は!送迎みたいなのはないの!という怒りと戸惑いを滲ませながら、はたと重要なことに気付く。

私の部屋って……どこなの。

 適当にこっちかと歩いてみたが、一歩進むたびにずっしりとお腹に痛みを感じる。通りすがった人たちも、そうやって這いずるように歩く私をなぜか無視してすたすたと去っていく。ちょっと待てここは病院じゃないのか。誰も助けに来てはくれないのだろうか。数メートル、いや数十メートルは歩いただろうというところで、私はどこに向かっているのかわからなくなってきた。痛みに気がいって思考回路がショートしてしまっているのだ。休みたい、そう思ったとき近くに都合良くテーブルと椅子があったので座ろうとするが、力が入らず椅子を抱え込むようにして倒れこんだ。もう、だめだ。疲れてなにもできる気がしない。誰か助けて…そう思った瞬間、神は私を見捨てなかった、私が好きな先生、立花先生が目の前を通りすぎようとしていた。私が倒れていたのがテーブルで死角になっていたのか、先生はこちらに気付いていない様子だった。

 

「せ、せんせいっ…!」 

「…ん、あれ?浦田さんじゃないですか。大丈夫ですか?そんなとこにしゃがんで。どうかされました?」

「(神様か…)」

「浦田さん?」

「いや、大丈夫じゃないです…お腹痛くって動けなくて…車椅子を持ってきてもらえませんか…」 

「車椅子ですか?構いませんが…探してくるので少し離れますね。それまでここで待っているんですよ」

 

わかりました、と返事する代わりにこくりと頷いた。もはや返事をする力すらなかった。良かった、これで一安心だ。タイミングよくきてくれるなんて、先生はまるで砂漠の中のオアシスだよ…余計先生のこと好きになっちゃう…

でも、なんだか

 

つかれ  た  …

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?手術して倒れそうになったところを立花先生に助けてもらったっていう…夢?」

「そう!しかもやけにリアルなの!夢だったのかなほんとに~あんなに優しくされちゃあ夢でも相変わらず惚れちゃうよ、ふふふひひひ」

「きも」

「ちょっと!?」

 

色々とあり得ないことが起こっていたが、結局それらはただの夢であり、いくら夢の中の先生の優しさに恍惚としても現実ではなかった。それでも大好きな先生を惚れ直すには、浦田は充分盲目になっていた。

 

「あっ先生だ」

 

そんなときに、浦田は遠くで立花先生が歩いているのを目ざとく見つける。

 

「ちょうどいいじゃん、お礼言ったら」

「いやいやいや、いくら神様みたいなことをしてもらったってあれは夢だからね?」

「だとしても話すきっかけとしていいチャンスじゃないの?今朝こんな夢を見たんです~って話したら?」

「うっ…それもそうだね。石井良いこと言うじゃん」 

 

そう友達の石井に笑いかけてから、いつもの調子で立花先生に駆け寄った。自分よりもだいぶ大きな背中に向けて、とびっきり明るく声をかける。

 

「神様!」

 

その不可思議な声かけに、先生どころか周囲の生徒たちまでもが振り返り、その視線に耐えられず浦田が失踪したのは言うまでもなかった。